2006年11月26日 (日)

おことわり

「みみずく山房(ココログフリー)」にやたらとスパムTBとコメントがつくようになったので

スパム対策機能を有するココログベーシックに引っ越すことにしました。

以後、記事更新・追加はそちら「(新)みみずく山房」に行いますので

よろしくお願いします。

今までの記事は、引き続き「(旧)みみずく山房」に残しておきます。

(新)みみずく山房

| | コメント (0)

2006年11月11日 (土)

うそつきは泥棒の始まり

最近、今更ながらあらためて気になっている言葉がふたつ。
ひとつは表題に挙げた「うそつきは泥棒の始まり」で、
もうひとつは「天の神様が見てはる」。
標準語に直すと「天の神様が見ておられる」かな?
子供のころ、些細な悪さをしては、親を含めた大人から叱られたものです。

さて、ここからは一般論。

最初は些細な「ウソ」をつくことから始まる。
そして、その次は前回よりも少し「ウソ」が大きくなっていく。
少しずつ、少しずつ、「ウソ」は雪だるま式に大きくなっていく。
気がついたときには、巨大になった「ウソ」を自分の力だけでは解決することが
できなくなっている。
うそつきから犯罪者へ。
「万引き→泥棒・強盗」然り、「酒気帯び運転→泥酔運転→交通事故」然り。
「ウソ」をつく、つかないの間には、とてつもなく高い壁がそびえ立っているが、
一度越えてしまった壁の向こうには跨ぐことのできる高さのハードルしかない。
だから最初が肝心。
「うそつきは泥棒の始まり」。

何か悪いことをしたくなったときの歯止めになるものは?
憲法? 刑法? 民法? 商法? その他もろもろの法律?
いやいや、実はそのどれでもない。
最終的にやる、やらないを決める拠り所は、その人の「ココロ」の中に在る。
どんなに厳しい罰を謳った法で縛ろうとしても、法を犯す者は必ず出てくる。
その人の「ココロ」の中に、悪事を拒否する気持ちがなければ止まらない。
では、悪事を阻止することはできないのか?
ありがたいことに、ひとつだけある(と思う)。
「天の神様が見てはる」
たとえ世の中の全ての人を騙すことができたとしても、天の神様は見てはる。
「天の神様」は、その人の「ココロ」の中に在るのだから。
その気持ちを持ち続けることができれば、きっと……。

夏目漱石晩年の言葉、「則天去私(天に則りて、私を去る)」。

Banner_03_62 ←昔の人が遺してくれた言葉は深いなあ、と思う今日この頃。

| | コメント (0)

2006年11月 4日 (土)

ROVAのペンケースとメモカバー

昨日は大丸の文房具売り場でシステム手帳のリフィルを購入した。
これで来年の業務書き込み用カレンダーは万全。

ところで、以前からペンケースを探しているのだが、
なかなか気に入るのが見つからない。
高島屋にも寄ったけれどダメ。

モンブランのマイスターシュテュック149を携帯するときに使う
1本差しのペンケースが欲しいのだが、簡単には見つかりそうにない。
モンブランの3本差しは持っているので、このうえ1本指しを買うのは芸が無いし。
だいいち、高いしね。
早く丸善復活しないかな、と半ばあきらめながら立ち寄ったアンジェ河原町店
(Angers/河原町三条上ル)でとてもいいものが見つかった!
ROVAのペンケース(ネイビー)!!
大きさといい、色といい、デザインといい、大変気に入った。
値段もギリギリ許してあげよう。
ROVAのメモカバー(ネイビー)もお揃いで買ってしまった。
こんなのが欲しかったのだよ。

Banner_03_60ROVAのメモパッドのデザインにも正直弱い……。

| | コメント (0)

2006年11月 3日 (金)

「営利目的」罷り通る

文化の日にこんなこと書くのも情けないけど……。
広義に解釈するところの「営利を目的とする行為」が日本中を罷り通っている。
本来在るべき姿を忘れて、目先の得になるかどうかのみで判断し
必要最小限の努力で最大の効果を得ようとする行いの数々。
効率を重視することは元々悪いことではないが、
己のあさましい欲望を満たすためだけというのは情けないなあ。
寄り道を楽しむ余裕があってもいいのになあ。
  ・必修科目履修を偽装し、受験科目に絞り込んだ教育。
  ・儲けの出る事業と地域に偏重することが旗印の郵政民営化。
  ・手抜きによるコスト低減を是とする耐震強度偽装建築。
For profit!
他にもいろいろあるけど、なんともねえ。
成果重視も度が過ぎると愚かな行為が繰り返されるばかりで、
それを目の当たりにするこちらはどんどん暗い気持ちになってくる。
ふうー。('ε';

偉そうなことを言っている私自信もしっかり毒されているわけだけど、
もっと大局を捉えた生き方を志せないものかなあ……。
なんて、ちょっと考えちゃった。

Banner_02_16 ←「効率重視」って、とどのつまり究極の「営利目的」であり
           「私利私欲」を追求しているだけじゃん、と思われる方ポチッと。

| | コメント (0)

2006年10月21日 (土)

弘法さん

本日は実家の母と東寺へ行ってきました。
弘法さんです。
骨董屋さん、古着屋さん、小物雑貨屋さん、植木屋さん、漬物屋さん、
各種食べ物屋さん(おでん、たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、焼き鳥、たい焼き、
カステラ、唐揚げ、だんご、かるめら焼き、こんぺいとう、などなど!)、
あと怪しげな店いろいろ。そうそう、高野槇も売っていた。
東寺の広い境内を所狭しと並ぶ店で、ひとつの街が出来上がっていた。
約1時間半かかって、ひととおり周り終えることができた。
ふうー。
なかなか楽しめたよ。
天気も良かったし、満足満足。

Banner_03_57 ←あっ。せっかく東寺に行ったのに、お参りするのを忘れてた。

| | コメント (0)

2006年10月15日 (日)

月日は百代の過客にして……

行きかふ年もまた旅人なり。

本日、またひとつ、歳をとってしまいました。
光陰矢の如し。
季節の巡りをとても早く感じる今日この頃。

この一年のあいだにどれだけ成長できたのか疑問だが、
時の刻みは待ってはくれない。
すべての生命に等しく定められた掟。逆らえない。

ならば、自分のペースを守りながら適当に従うまでさ。
今現在の積み重ねが「過去」なら、今現在から生まれ出るのが「未来」。
あせることなく「今」を大切に楽しんでいけばいいよね。

Banner_03_55 ←プラネットアース第7集「海 ひしめく生命」、おもしろかった

| | コメント (6)

2006年9月23日 (土)

涼やかな季節の到来

今日は秋分の日。
このあいだまであんなに暑かったのに、めっきり涼しくなりました。
心落ち着く季節の到来です。
秋の夜長に読書を楽しむもよし。月を愛でながら酒を呑むもよし。
秋の味覚を腹いっぱい食べるもよし(?)。
松茸、秋刀魚、栗、柿、銀杏、……。(すべて国産品を所望!)
なんか楽しみがいっぱい。
でも国産の松茸を食べる機会は得られないのだろうなあ。

Banner_03_49 ←さて、チャングムの誓いを見たあと、今晩は何を読もうかな?

| | コメント (0)

2006年9月 9日 (土)

涼月

昨夜のお月さまが妙にすがすがしくきれいだったことを思い出し、
「こよみ」で調べてみたら9月8日は十五夜、満月だったのだ。
どうりで。納得。

秋の空に姿をみせる月は美しい。
涼やかで、心が落ち着く。
The cool moon is beautiful in the still of the night.

ところで、知らない間に「月のこよみ(月齢表)」は新聞から消えていたのね。
昔は天気予報欄に掲載されていたのに。
日本から「粋」が失われ、「無粋」で「野暮」な人で溢れるのも仕方ないか。

Banner_03_46 ←Fly me to the moon!

| | コメント (0)

2006年9月 3日 (日)

自分の脚で歩くこと

今日の昼どきは家内と一緒に少しだけ散歩。
自宅から嵐山の渡月橋まで、途中のみやげもの屋さんを覗きながら
のんびり気ままに小一時間のウォーキング。下駄を履いて、カランコロン、と。
抹茶とほうじ茶のミックスソフトクリームを食した後、
嵐電(らんでん:京福電鉄嵐山線)の嵐山駅の足湯(150円/人)に浸かって休憩。
帰りは嵐山→嵯峨駅前→鹿王院を嵐電に乗って優雅に帰還。
昼ごはんは「冷たいそば」で爽やかに済ませ、3時にはコーヒーブレイク。
アイスコーヒーに最適の「アフリカの夜(by カフェタイム)」を
手動ミルで挽いて味わう。

自分の脚で、自分のペースで、周りの風景をながめながら歩くことって大事だな、
とつくづく思う。
車での移動は便利で楽だけど、途中で道草を食う楽しみがない。
おや、こんなところにこのような店がいつの間に、とか、
おお、新しくてきれいな家が知らない間に建っている、とか発見することが多い。

自分のやり方や自分のペースを見直す意味でも、
自分の脚で歩くことは大切なのではないか、と思う今日この頃。

Banner_03_45 ←走るのは疲れるけど、歩くのならドンとこい!?

| | コメント (0)

2006年9月 2日 (土)

人のふり見て我がふり直せるかな?

人間にプログラミングされたロボットは、外部からの情報(インプット)が同じなら
同一のリアクション(アウトプット)を繰り返す。
ところが、人間の場合はそうはいかない。
同じ状況・情報を与えられても、個々人によって反応は異なってくる。
きわめておもしろい。

例えばこんなこと。
<例>自分は、何か客商売に従事しているとしよう。
   スーパーでも電気屋さんでも車のディーラでも不動産売買でも、何でもよい。
   そういう仕事をしていると、時に、困ったお客さんに出遭うことがある。
   クレーマーとはいかないまでも、ちょっとした無理難題を主張する、
   そんな困ったお客さん。そういうお客さんに対処したことのある人が、
   逆に、自分が客の立場になった時にどういう行動をとるかということ。

 ◆Aさんの場合
    客の立場を利用し、お店の人に対して不当に無理を強いることのないよう
    注意しよう。自分が味わった嫌な思いを、他人に与えることのないように。

 ◆Bさんの場合
    お客様は神様である。この絶対的優位を利用して、せいぜいこちらの主張を
    通してやろう。自分も我慢したのだから、お店の人が耐えるのは当然である。
    思いっきり客の立場を利用させていただこう。

だいたい、AさんかBさんか、どちらかのパターンにあてはまるのではないかと思う。
この違いって、どこから生じてくるのだろう?
持って生まれた性格? 後天的に得られた性格? それとも、育った環境?
与えられたインプットが同じでもアウトプットが同じになるとは限らない、
人間の心理(真理か?)っておもしろい。

Banner_03_44 ←あなたはAさんタイプ? それともBさんタイプ?

| | コメント (0)

より以前の記事一覧