おことわり
「みみずく山房(ココログフリー)」にやたらとスパムTBとコメントがつくようになったので
スパム対策機能を有するココログベーシックに引っ越すことにしました。
以後、記事更新・追加はそちら「(新)みみずく山房」に行いますので
よろしくお願いします。
今までの記事は、引き続き「(旧)みみずく山房」に残しておきます。
「みみずく山房(ココログフリー)」にやたらとスパムTBとコメントがつくようになったので
スパム対策機能を有するココログベーシックに引っ越すことにしました。
以後、記事更新・追加はそちら「(新)みみずく山房」に行いますので
よろしくお願いします。
今までの記事は、引き続き「(旧)みみずく山房」に残しておきます。
最近、今更ながらあらためて気になっている言葉がふたつ。
ひとつは表題に挙げた「うそつきは泥棒の始まり」で、
もうひとつは「天の神様が見てはる」。
標準語に直すと「天の神様が見ておられる」かな?
子供のころ、些細な悪さをしては、親を含めた大人から叱られたものです。
さて、ここからは一般論。
最初は些細な「ウソ」をつくことから始まる。
そして、その次は前回よりも少し「ウソ」が大きくなっていく。
少しずつ、少しずつ、「ウソ」は雪だるま式に大きくなっていく。
気がついたときには、巨大になった「ウソ」を自分の力だけでは解決することが
できなくなっている。
うそつきから犯罪者へ。
「万引き→泥棒・強盗」然り、「酒気帯び運転→泥酔運転→交通事故」然り。
「ウソ」をつく、つかないの間には、とてつもなく高い壁がそびえ立っているが、
一度越えてしまった壁の向こうには跨ぐことのできる高さのハードルしかない。
だから最初が肝心。
「うそつきは泥棒の始まり」。
何か悪いことをしたくなったときの歯止めになるものは?
憲法? 刑法? 民法? 商法? その他もろもろの法律?
いやいや、実はそのどれでもない。
最終的にやる、やらないを決める拠り所は、その人の「ココロ」の中に在る。
どんなに厳しい罰を謳った法で縛ろうとしても、法を犯す者は必ず出てくる。
その人の「ココロ」の中に、悪事を拒否する気持ちがなければ止まらない。
では、悪事を阻止することはできないのか?
ありがたいことに、ひとつだけある(と思う)。
「天の神様が見てはる」
たとえ世の中の全ての人を騙すことができたとしても、天の神様は見てはる。
「天の神様」は、その人の「ココロ」の中に在るのだから。
その気持ちを持ち続けることができれば、きっと……。
夏目漱石晩年の言葉、「則天去私(天に則りて、私を去る)」。
昨日は大丸の文房具売り場でシステム手帳のリフィルを購入した。
これで来年の業務書き込み用カレンダーは万全。
ところで、以前からペンケースを探しているのだが、
なかなか気に入るのが見つからない。
高島屋にも寄ったけれどダメ。
モンブランのマイスターシュテュック149を携帯するときに使う
1本差しのペンケースが欲しいのだが、簡単には見つかりそうにない。
モンブランの3本差しは持っているので、このうえ1本指しを買うのは芸が無いし。
だいいち、高いしね。
早く丸善復活しないかな、と半ばあきらめながら立ち寄ったアンジェ河原町店
(Angers/河原町三条上ル)でとてもいいものが見つかった!
ROVAのペンケース(ネイビー)!!
大きさといい、色といい、デザインといい、大変気に入った。
値段もギリギリ許してあげよう。
ROVAのメモカバー(ネイビー)もお揃いで買ってしまった。
こんなのが欲しかったのだよ。
←ROVAのメモパッドのデザインにも正直弱い……。
文化の日にこんなこと書くのも情けないけど……。
広義に解釈するところの「営利を目的とする行為」が日本中を罷り通っている。
本来在るべき姿を忘れて、目先の得になるかどうかのみで判断し
必要最小限の努力で最大の効果を得ようとする行いの数々。
効率を重視することは元々悪いことではないが、
己のあさましい欲望を満たすためだけというのは情けないなあ。
寄り道を楽しむ余裕があってもいいのになあ。
・必修科目履修を偽装し、受験科目に絞り込んだ教育。
・儲けの出る事業と地域に偏重することが旗印の郵政民営化。
・手抜きによるコスト低減を是とする耐震強度偽装建築。
For profit!
他にもいろいろあるけど、なんともねえ。
成果重視も度が過ぎると愚かな行為が繰り返されるばかりで、
それを目の当たりにするこちらはどんどん暗い気持ちになってくる。
ふうー。('ε';
偉そうなことを言っている私自信もしっかり毒されているわけだけど、
もっと大局を捉えた生き方を志せないものかなあ……。
なんて、ちょっと考えちゃった。
今日の昼どきは家内と一緒に少しだけ散歩。
自宅から嵐山の渡月橋まで、途中のみやげもの屋さんを覗きながら
のんびり気ままに小一時間のウォーキング。下駄を履いて、カランコロン、と。
抹茶とほうじ茶のミックスソフトクリームを食した後、
嵐電(らんでん:京福電鉄嵐山線)の嵐山駅の足湯(150円/人)に浸かって休憩。
帰りは嵐山→嵯峨駅前→鹿王院を嵐電に乗って優雅に帰還。
昼ごはんは「冷たいそば」で爽やかに済ませ、3時にはコーヒーブレイク。
アイスコーヒーに最適の「アフリカの夜(by カフェタイム)」を
手動ミルで挽いて味わう。
自分の脚で、自分のペースで、周りの風景をながめながら歩くことって大事だな、
とつくづく思う。
車での移動は便利で楽だけど、途中で道草を食う楽しみがない。
おや、こんなところにこのような店がいつの間に、とか、
おお、新しくてきれいな家が知らない間に建っている、とか発見することが多い。
自分のやり方や自分のペースを見直す意味でも、
自分の脚で歩くことは大切なのではないか、と思う今日この頃。
人間にプログラミングされたロボットは、外部からの情報(インプット)が同じなら
同一のリアクション(アウトプット)を繰り返す。
ところが、人間の場合はそうはいかない。
同じ状況・情報を与えられても、個々人によって反応は異なってくる。
きわめておもしろい。
例えばこんなこと。
<例>自分は、何か客商売に従事しているとしよう。
スーパーでも電気屋さんでも車のディーラでも不動産売買でも、何でもよい。
そういう仕事をしていると、時に、困ったお客さんに出遭うことがある。
クレーマーとはいかないまでも、ちょっとした無理難題を主張する、
そんな困ったお客さん。そういうお客さんに対処したことのある人が、
逆に、自分が客の立場になった時にどういう行動をとるかということ。
◆Aさんの場合
客の立場を利用し、お店の人に対して不当に無理を強いることのないよう
注意しよう。自分が味わった嫌な思いを、他人に与えることのないように。
◆Bさんの場合
お客様は神様である。この絶対的優位を利用して、せいぜいこちらの主張を
通してやろう。自分も我慢したのだから、お店の人が耐えるのは当然である。
思いっきり客の立場を利用させていただこう。
だいたい、AさんかBさんか、どちらかのパターンにあてはまるのではないかと思う。
この違いって、どこから生じてくるのだろう?
持って生まれた性格? 後天的に得られた性格? それとも、育った環境?
与えられたインプットが同じでもアウトプットが同じになるとは限らない、
人間の心理(真理か?)っておもしろい。
突然でなんだが、世界を席捲する一神教と、どちらかといえば少数派の多神教。
考え出すと奥が深い。
自然には八百万の神が宿るとし、自然=神をアニミズム信仰してきた日本は
世界の中でもユニークな存在だ。
その宗教観について、一神教の国からはあまり理解されていない。
さて、ここでおもしろいのが「ケルト人」の存在。
ケルトの旋律(スコットランド民謡やアイルランド民謡の叙情的な調べ)が
日本人の心の琴線にふれる不思議。
遥か海の彼方の遠い国の音楽であるにもかかわらず。
実は、アニミズム信仰という大きな共通点があった。
森(自然)には八百万の神が宿るとするアニミズム信仰だったケルト人は
かつてローマ帝国の侵略によって壊滅的な打撃を受ける。
ここで簡単に整理しておくと、
◆ケルト人は、
1)森(自然とともに)に生きる人々
2)八百万の神を崇拝するアニミズム信仰(多神教)
◆ローマ帝国は、
1)砂(自然を破壊して文明と街を築く)に生きる人々
2)キリスト教を信仰(一神教)
ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も砂漠の民の宗教で
神の宿る自然が(砂以外には)ない。
だから人格としての神を崇め奉り、信仰しなければならなかった。
一神教を信仰する国々はもともと自然とともに在ることのできなかった国。
まず自分という存在があり、生きるためには文明と街を築くしかなかった。
他者を侵害することになっても版図を広げていくしかなかった。
神や宗教に対して寛容である日本はユニークな存在。
一神教の国からはしばしば無宗教・多宗教と批判されることもあるが、
神や自然に対しての考え方が根本から異なるということを理解して欲しいものだ。
自然=自分の周囲のありのままの存在を受け入れ、共生していく寛容さを
世界の皆が持つことができれば、もっと争いも減るような気がするのだが。
今日は仕事を定時であがり、家内と四条大宮で合流してから五条坂へ。
「京都・五条坂 陶器まつり」
いろいろ買っちゃいました。
まずは、お茶漬け茶碗を2つ。300円/個。
安かったけれど、なかなかの逸品(と思う)。
続きまして、絵柄違いで蕎麦猪口を4つと小鉢を1つ。
蕎麦猪口は480円/個、小鉢は545円/個。気に入った絵柄で家内も満足気。
最後にタンブラー2つと皿。
1500円/個のところを2つ併せて2500円にまけてもらった。(加えて皿はサービス!)
このタンブラーは去年にも買ったお気に入りのシリーズで、今年は買い足し。
手に入って良かった。
今日は待望のグリコピア神戸へ行ってきた。
5月末に予約を入れてから待つこと2ケ月。結構長かった。
名神京都南から高速に乗って、吹田ジャンクションから中国自動車道へ。
さらに神戸ジャンクションで山陽自動車道に入って三木東で降りた。
往路では中国自動車道の間で緩やかな渋滞に巻き込まれたが、
それ以外はいたって快調な足取りだった。
さて、肝心のグリコピア神戸。
短時間の工場見学ではあったが、ポイントをおさえていてなかなか楽しめた。
ポッキーとプリッツの生産ラインを見学したり、
カカオからチョコレートが誕生するに至る説明ビデオを視聴したりして、
最後は3Dシアターでまぼろしのお菓子を求めた冒険の旅を楽しんだ。
展示コーナーには、コマーシャルに起用された歴代スターたち。
おまけつきグリコの変遷。
グリコピア神戸ショップでは、たくさん買い込んでしまった。
特大サイズのたっぷりイチゴクリームコロンが、なんとも言えないおいしさ!
水資源機構のサイトに興味深いコーナーがある。
「水の四字熟語」だ。 <TOP→みずのちしき→水の資料館→水の四字熟語>
なかなか辞書に取り上げられていないものもあって、とてもおもしろい。
なるほどと妙に納得するものや、ほおっーと思わず感心してしまうものなど。
今日はその中から、私が特に好きな4つを紹介。
(以下は「水資源機構-水の四字熟語」から引用)
◆雨奇晴好(うきせいこう)
晴天のときも雨の日も、それぞれ趣きがひとしおである。
天候次第で景色がいろいろ変るさまをいう。
詩人蘇軾が「湖上に飲し初め晴後雨の詩」と題し西湖の美しい情景を讃えた詩。
(出)『蘇軾(そふ)』
(同)晴好雨奇
◆晴耕雨読(せいこううどく)
晴れた日には田畑を耕し、雨の降る日は家にあって本を読む田園の生活。
他人に制約されぬ自分の思うような悠々自適の生活。
(類)昼耕夜誦(ちゅうこうやしょう)。
◆明鏡止水(めいきょうしすい)
全く曇りのない鏡、澄みきった水、
邪(よこ)しまな念がなく静かで無心の心境をいう。
(出)『荘子』徳充符(とくじゅうふ)
(類)虚心坦懐。光風斎月。
◆優游涵泳(ゆうゆうかんえい)
「優游」は、急がずゆったりとした態度、
「涵泳」は水にもぐって泳ぎをすることから対象に傾倒する。
ゆったりした気持ちで学問や技芸の深い味わいをすること。
(出)『論語』為政(いせい)・集注
ゆったりとした気持ちで、物事に深く傾倒したいものだ。
お待たせしました。(って、誰も待っていないってばー)
本日は、先日のクイズ(天秤問題)の解答編です。
<解答>
1g,3g,9g,27gの分銅がそれぞれ1個ずつあれば、
それらを左右の上皿に適当に配置することで
1gから40gまでの任意の重さを量ることができる。
どうです、スゴイでしょ。美しい答えでしょ。
これで全部まかなえるのですよ。(トライしてみてください!)
ところで答えの数値、おもしろい値なのですよ。
1=3^0
3=3^1
9=3^2
27=3^3
になっているのですよ。不思議!
数学を深く勉強されている方にとっては自明の理かもしれませんが......。
本日は算数(数学?)のクイズです。
<問題>
上皿天秤を用いて、1gから40gまで任意の重さの塩を量るためには、
何gの分銅が何個あれば可能でしょうか?
注意:・量った塩を分銅の代わりに使うことはできません。
・1gから40gのあいだで、何gの塩を要求されても
それをすぐに量れないといけません。
高校生の時に友人から出題されました。
たぶん、何かのクイズ本に載っていたのではないかと思います。
(答えをご存知の方も多いのでは?)
私は解くことができませんでしたが、答えを教えてもらってその解答に感動し、
未だに憶えていました。(なんとも美しい結果(答え)!)
数学的に解く(証明する)ことができるのでしょうけど、知恵熱が出てきそうで
まだ解くには至っていません。
たまたま思い出したのも何かの縁、久しぶりに考えてみようかな?
なお、正解されても賞品はございません(名誉のみです)。
1日に1度は「きっこのブログ」を覗きにいっているのだが、
最近しばしば取り上げられている軍事産業国家=アメリカ合衆国の記事には
毎回毎回背筋の凍る思いがする。
記事内容の信憑性を確認する術がないから話半分に聞いておこう、と思うのだが
具体的で妙にリアリティがあるから、さもありなん、と思えてしまう。
米軍はイラクでエネルギー兵器を使用していたとか、実験の場として利用して
各種兵器を開発していたとか、十分ありえる話だし、
マイクロウェーヴを利用した対人兵器に至っては文字どおり頭部が吹っ飛ぶらしい。
首から下を全く傷つけることなく。
レバノンのヒズボラを攻撃中(ベイルートの空爆も始めたようだが)のイスラエルは
アメリカの2006年新製品(兵器)の上得意様のようだ。
軍事産業国家=アメリカにとって、戦争やテロは新兵器をコマーシャルする
良い機会というわけか。
イスラム原理主義系のテロリストがやっていることと何が違うのかな?
7月16日付け朝日新聞別刷りの「今さら聞けない」で
<梅雨明け>のことが取り上げられていた。
暖かく湿った太平洋高気圧と冷たいオホーツク海高気圧。
この二つの勢力が釣り合っているために北にも南にも動けず停滞した前線、
それが梅雨前線だそうな。
7月中旬になり太平洋高気圧の勢力が強まると梅雨前線が北に移動し、
太平洋高気圧に覆われた日本は梅雨が明ける。
待ち遠しい。
さて、秋になると、北の高気圧はオホーツク海高気圧から大陸の移動性高気圧に
代わり、勢力の衰えた太平洋高気圧を南に押し戻す。
この二つの高気圧が均衡し、長雨をもたらす秋雨前線が日本列島上空に停滞する。
おもしろい。
水に恵まれ、四季を有する美しい日本の姿がそこにあらわれる。
昨今は大雨による被害に注意せねばならず、楽しんでばかりもいられないが......。
ところで、昨夜は「冷たい方程式」を読み終えたが、
私には解けそうにない方程式だった。
あそこまで冷徹・合理的に決断する自信はない。
郵政民営化の是非が問われた1年前の選挙で小泉自民党(+公明党)は勝利した。
国民の多数が賛同した結果だ。
地方郵便局の廃業、高齢者への優遇廃止(所得控除や医療負担など)、
生活保護申請の不受理、障害者自立支援法による制度改悪。そして各種増税!
弱者を切り捨てる政府方針を挙げだしたらキリがない。
こうなることがわかっていたから私は郵政民営化に反対だった。(当然現在も)
郵政民営化はあくまでも一例であり、事の本質(狙い)を見極めないといけない。
公共機関を民営化するということは、それらに市場競争を強いるということ。
つまり弱肉強食、生き残りゲームに参加させることを意味する。
勝者と敗者を選別して、敗者を全て排除していくトーナメント戦に。
少子高齢化対策を、こういうかたちで実施して欲しくはなかった。
日本という国からまたひとつ「和の心」が失われていったような気がする。
競争によって潰し合いをするのではなく、
皆が折り合って生きていく社会システムを構築できないものだろうか?
←最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございます。
最近愚痴めいた内容が多くて申し訳ございません。明日は楽しい話題で!
今宵行ってきました、祇園祭の宵々々山へ。
嵐電(京福電鉄嵐山線)で四条大宮まで出て、阪急に乗り換えて四条烏丸へ。
暑かった。
四条烏丸からやや西にある「函谷鉾(かんこぼこ)」を観たあと、
歩行者でも北進一方通行となっている室町通りの人混みのなかへ突入!
屋台で買い食いしながら「菊水鉾(きくすいぼこ)」を仰ぎ観る。
暑い。コンコンチキチン、コンチキチンのお囃子が、実際より遠くに感じる。
山鉾それぞれの芸術的な美しさや情緒といったものを感じている余裕はない。
ということで、朦朧とする意識の中で撃破した屋台は......。
フランクフルト→たこ焼き→からあげ→フライドポテト→
→カフェラテ味のソフトクリーム→串かつ
所詮、あたしは花より団子。風流より利益。我ながら不粋だなあ。
しかし、意外と食べてなかったんだなあ。
(「お好み焼き」と「焼きそば」と「いか焼き」やーい!)
スケジュールや山鉾巡行について、詳しくは下記リンクを参照されたし。
◆祇園祭
◆祇園祭2006:京都新聞
蒸し暑い日が続いている。
梅雨はどうなったのかな? そろそろ明けてくれないかなあ?
明日は祇園祭の宵々々山。
週末の金土日はすごい人手になるのだろうなあ。
行きたいような、行きたくないような。それが問題だ。
問題と言えば、隣の北朝鮮。(+中国&ロシア。困ったちゃん3ケ国)
「将軍様の先軍政治」と「党による人民統制(生活総和が復活しつつあるらしい)」が
ぶつかり合っているようだが、何を考えているのか、ほんとうに危ない国だ。
ミサイル発射問題については、制裁条項を加えた非難でなければならない。
当然だ! 徹底的に叩かなくてどうする。
困ったちゃん2ケ国(中国&ロシア)は、非公式ではあるが制裁条項のない決議案を
国連安保理に提示したらしい。こいつらは何を考えているのか。
国連運営において、そろそろ常任理事国制を廃止したらどうか。
いつまでも彼らの時代ではないし、思いどおりにさせておくのも如何なものか。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す。
驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き人も遂には滅びぬ、偏へに風の前の塵に同じ。 (~平家物語より)
こう暑いと、うっとうしくって仕方ない。
日本はすごい。
大量生産・大量消費の国アメリカに太平洋戦争で敗戦した後、彼らの子分となり
彼らのやり方を是として徹底的にマネしてきた。
それにとどまらず、高効率化や最適化を加えてグローバルに展開し、
いまや世界産業・経済の中心の一角を担うまでになった。
市場競争至上主義に見事に乗っかったわけだ。
日本はすごい。
その結果、日本という国の基礎体力は驚くほど低下してしまった。
疲弊していると言ってもよい。
世界一少子化と高齢化の進んでいる国になってしまった。。
政府は、医療費負担増や年金生活者への税負担を強いることで
高齢者の首を切る策にうってでた。
市場競争至上主義は、建築偽装問題、ライブドア問題、村上ファンド問題、
日銀福井総裁の問題などを引き起こした。
堕落は、子供の生命を奪う大人や痴話げんかの果てに殺し合いを平気で行う大学生を
生んでしまった。
このぐらいでやめておこう。
海外進出だ、グローバル化だ、と言って世界で渡り合う競争力を得るために
失ったものは多い。
外にばかり目を向けて拡大路線を敷いている輩はえてして足元が見えていない。
自分の足元から腐り始め、内部崩壊が進んでいることに気付いていない。
先日購入したモンブランのマイスターシュテュック149をチマチマと慣らし運転中。
私の書き癖になじんでくるのは、まだまだ先になりそうだが......。
大きな文字を書くのが好きな私にはとてもありがたいボディサイズだ。
ビッグサイズで重量感があって、ゆったりと握ることができて、ダイナミックに
ペンを走らせることができる。なんか筆を操っているような錯覚にとらわれる。
私の好みや癖や特徴は、
1)大きめの字を大胆に書きたい
2)筆圧が弱い
3)ペンをかなり寝かして(45度ぐらい)書く
なので、たぶんマイスターシュテュック149が合っているのだと思う。きっと。
お気に入りの万年筆を持つことでこんなに幸福感を味わえるとは、
久しぶりに満足、満足。
ついに念願の、憧れの、分不相応の、モンブランを購入してしまった。
究極の大物、「マイスターシュテュック149(M)」を。
京都駅から歩いて5分ぐらいで七条通りに面した万年筆専門店の文明商社を覗き、
149を見せてもらった。
大きくてしっかりした造りのボディと握った時の重量感。
うわさどおりの大物だが、ペンをねかせてゆったりサラサラと書きたい自分には
やはり合っている気がする。B(太字)が欲しかったのだが日本ではほとんど
売れていないようであまり出回っていないらしい。漢字は画数が多いからね。
M(中字)しかなかったのでそれで試し書きさせてもらったが、なかなか良い感じ。
手持ちのモンブラン221(たぶん221だと思う...)も確かMだったはずだが、
それよりも太めの感じで満足できそう。
お店の方からは、
「筆記具協会から脱退して以降のモンブランのアフターサービスは最悪です。
4ケ月ぐらい待たされてけっこう高額の修理費になることが多いのですよ。
だから、お客さんにはあまりおすすめしていないのです」
と言われたが、憧れの逸品を前にして心変わりはなかった。
しっかり使う(書く)ことと、インク注入の際には丁寧に扱うことで
絶対故障させるものか、と心に誓いながら購入を決めた。
(参考)
◆2006.6.24購入:モンブラン マイスターシュテュック149
◆1991.2.17購入:モンブラン221
うれしくて撮った写真を公開(ボケてるけど)。一緒に並べているのは上述の221。
20時半、そろそろ帰宅しようと思うが、外はあいかわらずの雨。
フロアの戸締りを終えて保安に鍵を返し、今日はバスで帰ることにした。
28系統嵐山大覚寺行きの市バスに揺られること約20分、バスを降りて小雨の中を
自宅へと急ぐ。一条通り沿いに歩いていると、道を横切るアマガエルに遭遇。
都合2匹。ああ、彼らは夜の闇の中を人知れず大移動していたのね。
広沢池の西に広がる田園地帯にさしかかった時、夜の静寂にはおよそ不似合いな
喧騒を耳にし、違和感を覚える。
いまさら言うまでもないが、本日の表題、蛙の大合唱!!
雨が降って大喜びのさまが目に浮かぶ。そして、少しうれしくなった。
まだここには自然が残っている。
本日は実家の母にも協力を依頼し、野放し状態だった庭の植木や草花の整理を決行!
母、家内、私の三人で行ったのだが、文字どおり泥んこ汗まみれで頑張った。
その甲斐あって、庭の花壇はスッキリした。
写真に撮るだけの余裕がなかったのは情けないが......。
その後、久しぶりに嵯峨野の田園風景を散歩した。
広沢池から北嵯峨へと続く「歴史的風土特別保存地区」には、今ものどかな田畑が
広がり、野鳥が飛んでいる。あの群れは白鷺? あっちは四十雀?
よくわからないが、苗植え直後の田んぼに降り立って何かをついばんでいる様子を
観ることができた。平和だねえ~(by ルパン三世)。
またもや写真撮れなかったのは残念。
ここ数日、ココログフリーの調子がおかしい。
22時以降に新記事をアップしようとしても、なかなかサーバーにつながらない。
アクセスが輻輳しているためか、何か他の理由かわからないが、
ひたすら砂時計とのにらめっこが続く。
そして、時としてタイムアウトになってしまう。(-_-#
どうかお願いします。m(_ _)m
サーバーの調子が悪いのならメンテナンスを!
新規入会者が多数(ココログ丸儲け?)でアクセスが集中しているのなら
環境の整備を!
ココログを頼りにしていますので......。
砂時計との「にらめっこ」で過ごす数時間は、時間の無駄でもあるし、
多大なストレスを受けることにもなるので......。
2006年5月26日付け京都新聞の「現代のことば」欄に、作家の山本兼一さんが
日本史のなかでもっとも尊敬する人物として「山岡鉄舟」を挙げておられる。
日本史の教科書には、明治維新(幕末)の江戸城無血開城は西郷隆盛と勝海舟の
会談によってなされたと記述されているが、......
(以下、京都新聞「現代のことば」欄の山本兼一氏文言より引用)
「(前略)慶応四年、官軍が江戸に迫ったとき、江戸無血開城について西郷隆盛と
会見したのは、幕府陸軍総裁勝海舟であったが、その前に、危険を冒して駿府に行き、
西郷と談判して話をまとめたのは山岡鉄舟であった。
『命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也』
とは、鉄舟の人となりに感じ入った西郷のことばである。こういう人物でなければ、
艱難を共にして国家の大業はなし得ない、と西郷は続けている。(以下略)」
無我・至誠の人、山岡鉄舟は、剣・禅・書の達人である。
恥ずかしながら、私は今まで剣豪としての鉄舟しか知らなかった。
山本兼一さんのことばに触れ、自分の無知に気付くことができた。
非常に興味深い「鉄舟の人となり」について、書物を取り寄せて勉強してみるか!
|
鉄舟随感録 著者:山岡 鉄舟,勝 海舟 |
|
山岡鉄舟 著者:大森 曹玄 |
| 剣禅話 著者:山岡 鉄舟 |
このままでいいのかな、と考えさせられることが多い今日この頃。
日本はいったいどこを目指して航海しているのかな?
行き着く先が見えない。
たまには、我が「なまくら刀」を振り下ろし、斬りつけてみよう。
(なまくらだけに、支離滅裂御免!)
◆灰色投資家たちの顕在化
→資産家や成金の信用を得た頭の良い人たちが、金を有効に運用することで
更なる儲けを得る。彼らにとって企業は金をころがすための土壌でしかなく、
土地が痩せてたら(儲けを搾り取ったら)対象を他に移せばよい。
日本でもこういう輩が表舞台に顕在化してきたわけだが、これって
社会システムが年老いてきたっていうことではないだろうか?
M&A、おいしいところの横取り、黄白万能主義。末期症状だ。
◆民営化による過当競争
→民営化、つまり市場競争至上主義をとるということはトーナメント戦で
少数の勝ち組と大多数の負け組みを選び出すということ。
上記はコンビニの興亡を見れば明らか。
郵政民営化で大多数の郵便局は消滅していくことになるだろう。残念。
◆議論せずに法案を通そうとする傲慢
→国民が幸せに暮らせるようにするためのルール創りをする「係りの人」たちの
集う場所が国会だと思っていたけれど、最近はそうではないらしい。
議論して法案をより良いものにすること(本来の係りの仕事)よりも、
国会内外でのかけひきの方が重要であり、場合によっては吟味不十分のまま
強引に通すこともある。
職務放棄を恥じるだけのメンタリティもない政治家ばかりにガッカリ。
◆官とゼネコンによるロードローラー作戦
→九州新幹線延長計画など、無駄で意味のないこととわかっていても
多大な金が動く巨大事業は推進されていく。金が動けば官とゼネコンが潤いを
得ることができるから。それによって本来あるべき姿が失われることになっても
そこで生活しない「お上」には関係ない。
◆企業の海外進出とパートタイム就労者の増加
→企業間競争に勝つためにはコストを削減する。そのために労働力の安い海外へ
進出する。また、国内で雇い入れるのはマンレートの低いパートタイマーや
派遣社員で、プロパーを極力減らして人件費を圧縮する。
いったい誰(何)のために働いて、生きているのか。疑問。
◆食料自給率の低下
→今、日本で収穫された食材のみで作れる料理はあるのだろうか?
貿易の自由化や第2・3次産業偏重もいいけど、第1次産業を軽視しすぎた結果
と考えるなら、日本は情けない国になったものだ。
自分(日本)で食える草も作れず、お金を払って人様(外国)から買ってくる
しか能がないとは......。
◆跳梁跋扈するペット愛好家たち
→ペット愛好家って、本当に動物のことを愛しているのだろうか?
生き物の生殺与奪を握る権利は、どこから得られるというのだろうか?
人間はそんなに偉いのか? 業の深いことだ。
そろそろ、厳しい資格認定を義務付けても良いのではないか?
といより、資格試験は絶対必要だ。当然、販売業者やブリーダーたちにも。
今日は用事で忙しい妹をサポートするため、姪っ子(小5)と甥っ子(小2)のお相手。
といっても、そんなたいしたことではない。
昼ごはんを一緒に食べて、エネルギーを発散する場所を選定・吟味のうえ提供し、
夕方妹宅へと送り返すといったもの。
さて、エネルギー発散の場として今回は大宮交通公園を選んだ。
◆大宮交通公園◆
「大宮交通公園は,子供が楽しみながら交通知識や交通ルールを
身に付けることが出来るように作られた公園です。」
とあるように、公園内には信号機を配した道路が整備されており、
そこを交通法規に従ってゴーカートで遊べるようになっている。
ゴーカートの利用料金はとても安く設定されており、この手の遊具が好きなお子達には
好評を博しているようだ。(何回も乗りたい子は特に!)
・一人乗り:200円(小3以上~中学生まで)
・二人乗り:250円(小2以下+大人)
昼ごはんの後に小一時間遊んだだけだが、暑い一日だったのでけっこうへばった。
帰りに実家に寄って、母が用意しておいてくれたアイスクリームを食す。
おかげで息を吹き返すことができた。ふうー。v(>o<)v
ゴーカート好きのあなた、どうか1クリックを!
普段から気になっている言葉を覚え書きとして列挙。
備忘録。
不羈奔放(;freedom from all)
自由と孤独を愛する旅人(;a traveler who loves freedom and solitude)
明鏡止水(;a mind as serene as a polished mirror or as still water)
(;a mind undisturbed by evil thoughts)
無念無想の境地に至る(;attain a serenity of mind
free from all distructing thoughts)
静かな川は水が深い(→考えの深い人は物静か)。(;Still waters run deep.)
夜の静寂(;in the still of the night)
原点(;starting point)
不動の信念(;firm faith)
真理の探究(;the pursuit of truth)
思索(;thinking or speculation or contemplation or meditation)
もろきものよ、汝の名は女なり。(;Frailty,thy name is woman.)
褒章,褒賞,報奨,報償(;medal,prize,bonus,compensation)
最後は似通った言葉でややこしいので整理したかっただけ。
雨のため家でのんびりと過ごしている。
特に出来事らしきこともないので、今日は日ごろから愛用している品を少し紹介。
まずは「MAMAIKUKOのマグカップ」。
ゆったり、のんびり、コーヒーを飲む時に主に使っている。
丸みのあるシンプルなデザインがお気に入り。
続いて、「ペンギンの楊枝立て」。
手前におわす「ラッキー豚のコースター」は、食事の際使うレギュラーコースター。
踏み台代わりに使っている椅子の足元を守る「黒猫くん4匹」。
玄関で出迎えてくれるのは「トトロのぬいぐるみと置物たち」。
ぬいぐるみはゴールデンウィークにダイヤモンドシティハナで購入したもので
家内のお気に入り。(写真はボケてしまった)
本日最後の紹介は「MAMAIKUKOのペンケース」。まだ実際には使っていない。
MAMAIKUKOのデザインは、以前から何か心に響くものがある。
何故だろう?
なお、ペンケースの向こうに見えているのは愛用している「あひるの箸置き」。
天気が良かったので、今日の昼間、家内の実家まで自転車で行った。
嵯峨広沢の自宅から御室までは自転車だと約20分てところか?
道中、登りで少々つらい箇所もあるが、まあまあこなせるレベル。
少し疲れたけれど。
帰りの道すがら、御室の仁和寺に寄って境内を少しだけ散歩(無料のエリアだけ)。
残念ながら御室の桜は散った後で、ところどころに葉桜が残っている程度だった。
もうハナミズキの季節だものね。
ウッカリしている間にハナミズキは、家々や街頭のところどころに
赤やピンクや白の美しい花をつけて咲き誇っていた。
ハナミズキは、春には花を、夏には緑豊かな葉を、秋には紅葉を、冬には枝ぶりを、
と一年中楽しめる花木。
街なかの交差点などで植えられているところも多い。
双ケ丘の本屋で、「百鬼夜行抄(今市子著)」の14巻と「ふたつのスピカ(柳沼行著)」
の10巻と「ナッちゃん(たなかじゅん著)」の18巻を購入して帰る。
連休中の課題(暇つぶし)が、また増えてしまった勘定だ。
ささやかな「し・あ・わ・せ」。
昨日、家内と一緒にダイヤモンドシティ・ハナへ買い物に行ったときのこと。
同じフロアーではあるが、私は文房具コーナーへと向かい、
洋服or鞄コーナーを目指す家内とは少し距離を隔てる位置関係となった。
おや? こっちにも鞄があるゾ、と気づいた私は家内の名前を呼ぶが、
数十メートル離れたところからでは家内の耳に届かない。
一計を案じた私は、家内の方へ向かって手を二回叩いた。パン、パン、と。
すると、よそさんは誰も気にも留めていない様子の中で、
家内だけがクルリと振り返ってこっちを向いた。
再度、同じような状況のときに、同じように二回手を叩くと、
やはり家内だけが気づいて振り返ってくる。
どうやら、うちの家内には「猫耳」が備わっているようだ。
猫好きが高じて「猫耳」まで体得したのか? 不思議だ。
これからはせいぜい、「猫耳」の能力を利用させていただくとしよう。
Amazonに予約注文していた「チェオクの剣」のDVD-BOXが昨日届いた。
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チェオクの剣 DVDプレミアムBOX (初回限定生産) 販売元:NHKエンタープライズ |
今日は新しい眼鏡を注文し、新しい礼服と革靴2足(カジュアルなものと黒革)と
ジャケットと靴下を購入した。
この二日間で、庶民にとっては大枚が消えてしまったわけだが、肝心のモノの方は
なかなか気に入った品が見つかって満足。
ゴールデン・ウィーク初日から景気のいいスタートになってしまったが、
明日は家でのんびりと過ごす予定。
散らかった部屋の片づけをして、新聞を切り抜き、積読状態の本を読み、
「チェオクの剣」をあらためて鑑賞していこうかな。
ただいま4代目を調教中(各種設定や旧PCからプロファイルを移植中)。
いろいろ面倒なこともあったが、なんとかヤマは越えた感じ。
あとは時間をかけて、チマチマとお気に入りの設定に修正していけばよい。
4代目!
今回の新しいPCは、個人所有のものとしては4代目にあたるのだ。
初 代:SHARP X-1 turbo Z <クロイツェル>
↓
2代目:Apple Macintosh Performa 5210 <スコット>
↓
3代目:FUJITSU FMV-BIBLO NE VIII 23X <ロバート>
↓
4代目:FUJITSU FMV-BIBLO NB50SZ <マックイーン>
当時のイメージを思い出して、適当に愛称<名前>をつけてみた。
4代目は、先日急逝したメジロマックイーンから名前をいただいた。
安らかに...。合掌。
長年愛用してきたPCの老朽化への対応について、以前から思案していたが
本日ついに決断を下した。
もってまわった言い方はやめよう。要するに新しいPCを購入したのだ。
旧PC:富士通 FMV-BIBLO NE VIII 23X (Windows 98)
↓
新PC:富士通 FMV-BIBLO NB50SZ (Windows XP)
数年の間に驚くほどスペックは上がったのに、売価はかなり安くなってきている。
買い易くなったことはうれしいことだが、高性能化の歩みが早すぎて
道具としてのありがたみには欠ける。
情報機器は、所詮、ただの消費材で、匠の逸品にはなり得ぬか...。
先週から今週にかけて、満開の桜が京都の街を彩った。
四条通りを横切る天神川沿いの遊歩道に植えられた桜も、
今年いちばんの美しさで訪れる人を魅了した。
華やかな春の風物ではあるが、同時に、桜は出会いと別れの象徴でもある。
美しく咲き誇った花も、いずれは散りゆくのが定め。無常。
2006年(平成18年)4月4日21時04分、最愛の父が亡くなった。
父は、土となって大地に還り、風となって空に舞い上がった。
父という「一」の存在は、森羅万象という「全」の存在に昇華した。
単身赴任で利用していた会社の寮を引き払い、本日、ついに、完全に、
京都へと帰って来た。
毎週月曜の朝、新幹線で名古屋へ向けて出発し、名古屋から勤務先の某市へは
名鉄で移動して出勤する。金曜の夕方、名鉄と新幹線を往路と同じように利用して
京都の自宅へと帰ってくる。ちょうど5年間、これを繰り返してきた。
長かったような、短かったような、今振り返ると不思議な感覚だ。
ふうー。まずは帰って来れてよかった。本当によかった。
これからは今まで以上に、日々を楽しみながら生きてゆくぞ!
とりあえず今日のところはこの程度で。
を、あらためて痛感しています。
上大岡トメさん、あなたは人生の達人です。
あなたほど人の行動パターンの急所をおさえ、横着に流されやすい我々凡人に
鋭く教え諭してくれる人はいません。脱帽! 降参!
(上大岡トメ著「キッパリ!」と「スッキリ!」については以前(2005.11.27)に
書いたことがあるので、興味のある方は過去ログをご覧ください。)
3月末をもって愛知県某市への単身赴任を終えて京都へ帰任できることになり
喜びもひとしおの今日この頃。
毎週土日は欠かさず京都に帰っていたが、平日は5年間寝泊まりしてお世話になった
会社の寮(独身寮だが単身赴任者は多い)。
こちらの荷物整理はたいしたことないけど、仕事場自席の書類の山にうんざり。
かつては重要だったものでも、整理されていない上に時間が経ったらただのゴミ。
昨日も休日を返上して整理(処分)したが、なかなかはかどらない。
あと一週間しかないのに、無事書類を整理して引継ぎ資料を作り終えることが
できるのか? 水曜日と木曜日は歓送迎会のため定時あがりだぞ。
ああ、考えるのもイヤになる。
上大岡トメさま。
「キッパリ!」と「スッキリ!」を座右の書として、
シンプルで機能的で無駄のない身辺を実現するべく努力いたします。
どうか、お力をお与えください!
モノをなかなか捨てられない、乱雑で無駄の多い、憐れなみみずくより魂の叫び
先日、容態が悪化した入院中の父は、集中治療室(ICU)に部屋を移して
処置を受けている。
抹消血管を拡張させたセラチア菌の撲滅、血圧の上昇回復、
血糖値低減と脱水症状からの離脱、自発呼吸による酸素飽和度維持。
ベッドの傍らで「頑張れ!」と語りかける我々家族の声にこたえ、
父は懸命に生きようと努力してくれている。
担当医師も、その快復力に感嘆の声をあげ、万全の治療を施してくれている。
負けるな父よ。
まだまだやるべきことはたくさんあるぞ。
甥にこま回しのコツを教えてやったり、姪に百人一首を詠んでやったり、
みんなで一緒にゲームをしたり、ごはんを食べたり...。
4月になってペナントレースが始まったら、今年こそ日本一が獲れるよう
阪神を応援しなければならないし、けっこうやることがあるぞ。
私という生命の根っ子、私たち家族を育んでくれた生命の樹。
明日は休暇をとっているので、ささやかながら心にはゆとり。
(残念ながら家内は仕事だけどね。(T_T)←家内の心象風景?)
手動で挽いたコーヒー豆を電動ドリップし、ゆったりとコーヒータイム。
本日は家内ともどもいちばんのお気に入りのニカラグア。
酸味は少なめで、ふくらみのある甘さと適度な苦味が口のなかに広がり、
濃厚でこうばしい香りが鼻腔をくすぐる。
ああ、一杯のコーヒーが演出する至福のひとときよ!
折しも本日の「世界ウルルン滞在記」は、
「佐藤めぐみinポーランド お袋の味・チーズケーキ」だ。
うーん、おいしそうなチーズケーキの数々。
ニカラグアを飲みながらゆったりと時は流れ、今日のエンディング...。
パッケージに書かれた「辛口一献」の文字。
あれを書かれた書家がどなたか、ご存知の方いらっしゃいますか?
流麗にして豪胆な筆遣い、力強くみごとに調和された四つの文字。
いつ見ても惚れ惚れとする。いい。
あのまま掛け軸にして床の間に飾っておきたいぐらいだ。
これを書かれた書家の他の作品も、ぜひ鑑賞してみたい。
実は、新聞広告のパッケージ写真を切り抜き、ラミネート加工し栞にしています!
黄桜さん、それとも誰か知っている人、教えて!
http://www.kizakura.co.jp/products/ht03_cm.htm
平穏無事で天気のよい一日だった。
今日は久しぶりに家内と休みが合ったので、
買い物に出た以外はずっと家でのんびり過ごした。
心に安寧をとり戻すための、魂の休息日。
ほったらかしだった新聞の切り抜きを整理し、スクラップブックに貼り付ける。
昼ごはんと晩ごはんの食材を買いに生協嵯峨店へ車で出かける。
昼は家内の大好物である「たこ焼き」、晩は久しぶりの「ちらし寿司」。
本棚を少し整理して、床に平積みだった本を収納する(全部ではないけど)。
心地よい音楽を聴きながらネットサーフィンに興じる。
そしてブログに書き込み。
「春の海ひねもすのたりのたりかな」
本日我が家は事もなし。
春になったら少しはまじめに活動していきたいなあ。
カントリー・ウォーク!!
家を一歩(百歩?)出れば広沢池や嵯峨野の田園風景が広がり、
かつては嵯峨天皇も歩いたはずの「千代の古道(ちよのふるみち)」が
田園地帯を貫いている。
この辺りは歴史的風土保存地区に指定されており、元々歩き回るにはうってつけ。
少し足をのばせば嵐山や渡月橋に至る。
実際、昨夏の盆休みには毎朝約1時間の散歩を楽しんだ。
広沢池西岸の児神社(ちごじんじゃ)を起点に、遍照寺跡を経て竹林をくぐり、
後宇多天皇陵、嵯峨天皇陵、大覚寺、大沢池などの横を通過し、家に戻る。
途中、地元のお百姓さんが無人販売で分けてくれる取れたての野菜を買って帰る。
茄子は瑞々しかったし、丹波の黒豆の枝豆は最高にうまかった。
暖かくなったら頑張るぞ、カントリー・ウォーク!!
この週末の土日は家にこもりっぱなし。
今が江戸時代なら閉門蟄居ってところか?
今週の水曜木曜に力尽きてしまった体力(というより気合い?)を回復するため、
家内から外出を禁止されたため。
金曜の夜あたりから、かなりのレベルまで快復はしていたのだが、
聞く耳持たぬ我が家の財務大臣には逆らえぬ。素直に従っておこう。
大好きな本屋巡りを控え、おとなしく、みみずくは休息をとりぬ。
地元である嵯峨嵐山の風景を2枚。
以前にデジカメで撮った写真をファイルの奥から引っ張り出してきた。
いいかげんに撮って、とっくに忘れていた存在だったけど、
あらためて見直すと妙に懐かしい。
1枚目は遍照寺山を望む広沢池。
かつて安倍晴明が立ち寄ったという遍照寺は広沢池の西のほとりにあったそうな。
(現在の遍照寺は広沢池を南に下った位置に在る。)
広沢池周辺の四季折々の眺めを写そうと試みたが、結局この一回の撮影で
終わってしまった。
(遍照寺山を望む広沢池 021103撮影)
2枚目は嵐山の渡月橋。
嵯峨嵐山一帯を家内と一緒にウォーキングし、嵐電(京福電鉄嵐山線)嵐山駅の
足湯を楽しんだ時に撮ったもの。歩き回った足の疲れが癒される至福のひととき。
嵐山へ遊びに来られた方は、ぜひご堪能ください。
(中之島公園から観る渡月橋 050516撮影)
デジカメをもっとうまく活用できるよう、写真術を含めて頑張らないとね。
そんな大袈裟なことではないが、今週はダウンしてしまった。
仕事における賽の目が全て裏目に出た火曜日、
凹んで寮(平日は単身赴任中)に帰宅。
明くる水曜日、出社するも体調不良で早引き。さらに木曜日も沈没状態が続く。
結局、都合二日間を突発休暇で無為に過ごす。
頭痛、若干の咳、変動する脈拍、やや熱っぽい感覚、緩む腹具合。
風邪か?
風邪という名前の病気はなく、抵抗力(免疫力)が低下した時に持ちこたえられず
発症してしまう体調不良状態を総称して風邪と言う、と聞いたことがある。
打ち勝つだけの気合が足りなかったのか? とほほ。
覚え書き。
贈収賄事件で大阪府教委の前教育監(教育監は教育長に次ぐポスト)らが逮捕された。
府立高校非常勤講師への採用で便宜を図った見返りに金品を受けとったためらしい。
出世競争に勝ち残り、組織のトップ集団に成り上がった者の、これがなれの果てか?
金さえあれば何でもできると考える黄白万能主義者は、何でも金で解決しようとする。
金の力を何よりも大切と考え執着する拝金主義者は、行動の拠所を金に求める。
彼ら成金趣味の輩に、品格は備わっていない。
たかが金品で揺れ動くことのない不動の信念と品格が、彼らには欠けていた。
「品格」
新明解国語辞典第六版(三省堂)によると、
1)節操の堅さ見識の高さや、態度のりっぱさ姿の美しさなどから総合的に判断される、
すぐれた人間性。
2)品(ひん)のよさ。
とある。
子供に対して大人風を吹かせる、そんな大人にはなりたくない。
常々そのように考えている。
東京から田舎へ帰郷してきた人に対して、地元に土着している人が
「東京風(とうきょうかぜ)吹かせやがって!」と吐き捨てるシーンを
映画やテレビで見かけることがある。
垢抜けて帰ってきたその人に、チャラチャラしやがって、と。
大人風も同じもののような気がする。
子供から見れば「偉そうに、大人風吹かせやがって!」と。
人と人とが理解し合うには、共感できる何かが必要だと思う。
たとえそれが大人と子供の間であったとしても。
先に生まれた人生の先輩であるからとか、少し経験が多いからとか、
たかがその程度の理由で子供に対して偉そうな大人の顔を見せていないだろうか?
そんな大人風を吹かせることなく、ありのままに接したい。
ああ、姪っ子(小4)や甥っ子(小1)たちとはいつまで友達感覚でいられるかな?
大人風を吹かせないようにと自身に言いきかせる、ちょっと臆病な伯父ちゃんより。
理由は知らないが、東西では笑いの質が異なるらしい。
笑いのポイントと言ったらいいのか、笑う対象が全く違う、と。
これを聞いた時には、思わず「なるほど」と唸ってしまった。
ちょっと整理してみると、
・関東:論理的におかしさを感じたときに笑う。
・関西:おかしな光景を具体的に想像して笑う。
といった感じかな。
具体的な例で説明しよう。
落語(だったと思うが)で一升瓶を持って「あんこ」を買いに出かけた小僧さんの話で、
関東の人と関西の人では笑いのポイントが異なるようだ。
「おまえはアホか。なんで一升瓶を持って「あんこ」を買いに行ったんや」
「どうりで店の人が困ってはったわ。一升瓶に「あんこ」は詰めにくいって」
関東の人は、一升瓶を持って「あんこ」を買いに行くという、そのマヌケさを
論理的に笑う。バカじゃないか、と。
関西の人は、お店の人が汗をかきながら一生懸命に、一升瓶に「あんこ」を詰めよう
と頑張っている光景を想像して笑う。
どう? あなたの笑いのポイントはどっち?
関西で笑いをとるには、おかしな光景をイメージできる具体性が必要なのだ!!
昨日紹介した「ターシャ・テューダーの言葉」(メディアファクトリー)に
「スティルウォーター(Still Water)」のことが書いてあった。
スティルウォーター(じっと動かない水)は「ストレスのない平安な生活を信奉する」
という意味で、スティルウォーター教徒は生活を楽しむ、とある。
なるほど、人が人らしく自然に従って生きる姿を尊重する彼女のライフスタイルが
よくわかる言葉だ。
ところで、語源となる意味を調べるため辞書に照らし合わせると、
諺(ことわざ)"Still waters run deep." という文章にぶつかる。
新英和中辞典第四版(研究社)によると、
「静かな川は水が深い(→考えの深い人は物静か)」
また、ポケットプログレッシブ英和・和英辞典(小学館)によると、
「よどんだ流れは水が深い(→沈黙の人は思慮深い→黙っている人は油断ならない)」
と書いてある。
さて、上の言葉の意味を踏まえて、今日は米映画「ダイ・ハード」の台詞について
いまさら気づいたこと(わかったこと)を敢えて言っておきたい。
問題の台詞のシーンはここ。
ナカトミビルに潜伏し、単身テロリストに立ち向かうブルース・ウィリス演じる主役
ジョン・マクレーン刑事に対して、テロリスト集団の首謀者であるハンス・グルーバー
(演じるはアラン・リックマン)が無線機で呼びかけるシーン。
台詞は、「スティル・カウボーイ!("Still cowboy!")」。
米映画ではカウボーイはしばしばヒーローの代名詞であるが、それにしても
「静かな(もしくは、動かない、おとなしい)ヒーロー気取り野郎」?
いまいちピンとこなかったが、上述スティルウォーターの意味に遡ってわかった。
沈黙しているけど何を考えているかわからない、油断ならない、
というような意味だったのだな。きっと。
そうすると、「スティル・カウボーイ!」の和訳は差し詰め
「だんまりのヒーロー気取り野郎!(→油断ならない奴め!)」
といった感じか?
ああ、長年の引っ掛かりが、やっととれた気がする。
調べなおすキッカケを与えてくれた「ターシャ・テューダーの言葉」に感謝。
今日(1/3)は実家に集まって新年の顔合せ。(アップが間に合わず日付変わったけど)
お昼に寿司を出前してもらい食べるが、大人用(子供用より少しグレード上,わさび入り)
を食べられる姪(小4)が自分の寿司ネタの一部を弟である甥(小1,わさび無し所望)に
少しずつ分け与えながら小声で、
「おいしいやろ?」
と面倒をみている光景を見て少しウルウルしてしまう。
少し前まではケンカばかりしていたのに、いつの間に...。伯父ちゃんは弱いぜ。
父、母、妹、姪、甥、家内らとボードゲームや百人一首に興じて盛りあがる。
(残念ながら義弟は単身赴任先へ先入りで不在。かわいそうに。)
あっという間に過ぎ去った嵐のような一日だった。
正月恒例の小倉百人一首の中からお気に入りベスト10を紹介。
選定するのは大変だったけど、結構楽しみながらとにかく選び抜いた。
他にも捨て難い歌はたくさんあったので、また再度選び直すときには
その時の気分で変わるかもしれないけど、とりあえず今年はこれで決まり!!
1位:[66]もろともにあはれと思へ山桜
花よりほかに知る人もなし ・・・・・・(前大僧正行尊)
2位:[33]久方の光のどけき春の日に
しづ心なく花の散るらむ ・・・・・・・・・・・・・・(紀友則)
3位:[31]朝ぼらけ有明の月と見るまでに
吉野の里に降れる白雪 ・・・・・・・・・・・・(坂上是則)
4位:[86]嘆けとて月やは物を思はする
かこち顔なるわが涙かな ・・・・・・・・・・・(西行法師)
5位:[23]月見れば千々に物こそ悲しけれ
わが身ひとつの秋にはあらねど ・・・・・(大江千里)
6位:[47]八重葎しげれる宿のさびしきに
人こそ見えね秋は来にけり ・・・・・・・・・(恵慶法師)
7位:[12]天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ
をとめの姿しばしとどめむ ・・・・・・・・・・(僧正遍昭)
8位:[79]秋風にたなびく雲の絶え間より
もれ出づる月の影のさやけさ ・・・(左京大夫顕輔)
9位:[87]村雨の露もまだひぬ槇の葉に
霧たちのぼる秋の夕暮 ・・・・・・・・・・・・(寂蓮法師)
10位:[98]風そよぐならの小川の夕暮は
みそぎぞ夏のしるしなりける ・・・・・・(従ニ位家隆)
1位[66]は別格。修行僧の孤独感が力強く表現されている。
2位[33]は下の句が特に良い。格好よく決まっている。
3位[31]は情景が目に浮かぶ美しい言葉の連なりが良い。
4位以下省略。
2005年の終わりと2006年の始まりを告げる除夜の鐘が鳴りだすと、
寝巻きの上にジャージやスウェットを着込んで出かける準備を始める。
ニットの帽子と手袋で防寒態勢を完全にし、嵯峨広沢の自宅をあとに大覚寺を目指す。
たまに車は走り去って行くがほとんど人通りのない一条通りを、家内と一緒に歩く。
一条通りから北嵯峨高校横の有栖川沿いに、さらに暗さを増す闇の中をつき進む。
今年はめずらしくすれ違う人がいない。不思議だ。
かつては嵯峨天皇の別荘であった大覚寺の正面には、除夜の鐘を突きに来た人達が
長蛇の列を築いている。
並んでいる人は全員突けるらしいが、そうすると108回を超えてしまうのか?
煩悩の多い現代、少々多めに突いておいてもらう方がいいか、と勝手に納得する。
その気のない我々は、列を尻目に横をすり抜けて本堂へと向かう。
しばし並んでお参りをした後、毎年ふるまってもらう甘酒がおいしい。
生姜の香りと味わいが加わっている甘さが絶妙で、気持ちもあたたかくなる。
また新しい年が始まるが、今年はいったいどんな一年になるのだろう?
よく出入りするサイトに書き込んでいた日記が数点あるので、ブログ始めの景気付けにアップします。日付が古い点、ご諒承ください。
********************
何度目の誕生日であるかは伏せておくとして、今年もその日がやってきた。
子供の時には、プレゼントを買ってもらってケーキで祝ってもらうのがうれしかったものだが、大人になってからは妙に複雑な心境。
家内からは、いたずら猫のような表情でからかわれるし。
二十歳になって法的に大人と認められるころには、たよりない自分でもまあまあ人間が出来あがってくるかな? と考えないでもなかったが、いくつになっても精神的に未熟な部分がつきまとう。
結局、死ぬまでこの想いは続くのかなあ。
少しずつでも精神的に成長しているのかどうか定かではないが、メディアに対する嗜好が変遷しているは確か。
例えば、読書のジャンルについても時代時代で好みにブームがあるようだ。
本格的に小説を読み出したのが中学ぐらいからと考えても、読むジャンルの主流が、
SF(ジュヴナイル)→SF→ハードボイルド→ミステリー→SF→時代小説→純文学・エッセイてな具合。
いろいろな辞書を買いこんだり、何かを特集したムック本を衝動買いしたり、料理の本を読むこともある。
なんと雑多な趣味であることか。
昨日より今日、今日より明日へと、少しずつでも前へ進めているのか甚だ疑問ではあるが、まずは今年も無事に誕生日を迎えられてよかった。
ということにしておこうかな?
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