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2006年8月27日 (日)

和の心

突然でなんだが、世界を席捲する一神教と、どちらかといえば少数派の多神教。
考え出すと奥が深い。

自然には八百万の神が宿るとし、自然=神をアニミズム信仰してきた日本は
世界の中でもユニークな存在だ。
その宗教観について、一神教の国からはあまり理解されていない。
さて、ここでおもしろいのが「ケルト人」の存在。
ケルトの旋律(スコットランド民謡やアイルランド民謡の叙情的な調べ)が
日本人の心の琴線にふれる不思議。
遥か海の彼方の遠い国の音楽であるにもかかわらず。
実は、アニミズム信仰という大きな共通点があった。

森(自然)には八百万の神が宿るとするアニミズム信仰だったケルト人は
かつてローマ帝国の侵略によって壊滅的な打撃を受ける。
ここで簡単に整理しておくと、
◆ケルト人は、
  1)森(自然とともに)に生きる人々
  2)八百万の神を崇拝するアニミズム信仰(多神教)
◆ローマ帝国は、
  1)砂(自然を破壊して文明と街を築く)に生きる人々
  2)キリスト教を信仰(一神教)

ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も砂漠の民の宗教で
神の宿る自然が(砂以外には)ない。
だから人格としての神を崇め奉り、信仰しなければならなかった。
一神教を信仰する国々はもともと自然とともに在ることのできなかった国。
まず自分という存在があり、生きるためには文明と街を築くしかなかった。
他者を侵害することになっても版図を広げていくしかなかった。

神や宗教に対して寛容である日本はユニークな存在。
一神教の国からはしばしば無宗教・多宗教と批判されることもあるが、
神や自然に対しての考え方が根本から異なるということを理解して欲しいものだ。
自然=自分の周囲のありのままの存在を受け入れ、共生していく寛容さを
世界の皆が持つことができれば、もっと争いも減るような気がするのだが。

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